高村典子『雲の輪郭』

子離れの時期も終はりぬ共にゐて傷まぬだけの妥協覚えて

もう何も言はなくていい水桶の蜆はわづか隙間持ちあふ

ひそやかな最初の雨のひと粒はどこに降りしや 噴水みつる

持ち帰る怖さに伯母を納骨すわが建てし墓石の伯父の片へに

襁褓替へる手の冷たさに泣きし子よわが手が汝の世界のはじめ

高村典子『雲の輪郭』より

 

 

子育ての歌というと世界との合一感に満ちたものが多いが、掲出一首目はその別の側面を鮮やかに描写している。この歌に限らず、当歌集は、世界の暴力的な健やかさによってかき消されてしまう微かなノイズに満ちている。最後に挙げた歌も子育ての歌だが、子供との一体感と共に世界への批評がある。子供が初めて出会った母である「わが手」は、冷たいのである。   (嵯峨直樹)

2014.11 未来 「今月の歌」