赤ん坊のえくぼのようにくぼむ水は無限バイトのメモリーを持つ
ゆく風の魔法陣に立ちて呼ばわればしずかに繰り上がる宇宙のかけ算
いくらでも穂わたはとばしてあげるからあなたは風にまもられていなさい
非現実とこの世を接合したような薄さでかなたに立ちのぼる富士
きらきらとまぶされている生命のような世迷い言のような夏
辻井朱美『クラウド』より
第六歌集。ファンタジー小説的な「設定」を元に異世界を構築してゆくのではなく、現世の約束事、すなわち「設定」をほぐしてゆく。そこに現れたのは、混沌とした力に溢れる現世だ。あとがきとして、「『詩』の火力」という熱量の高い一文が添えられており必読。言葉の連ね方も、より自由度を増し風通しがよくなった。 (嵯峨直樹)
2014.10 未来 「今月の歌」