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2025年、pulp復活など

やっと少し時間ができたという感じ。
今年は歌集をだした。そして自分の表現が伝わってない感じが大きく少なからず衝撃を受けた。
(分かられるつもりだったのかと思われそうだけど、何とそのつもりだったのだ)
頑張って分かってくれた方もいるけど、非常に大きな負担をかけた気がする。申し訳ない。

それなりに難しい問題に深入りした歌もあった事も伝わりにくい原因だったのかもしれない。

子どもがおおきくなり、生活に少し余裕がでてきたので、歌会などに少しずつ出てみている。
伝わる表現、伝わらない表現。解釈の仕組みを共有している方々、そうではない別の仕組みの方々。
このあたりのすり合わせを自分なりにしてみないと、このまま伝わらないままだな。これはまずい。

pulpというバンドのフロントマンにジャーヴィスコッカーというひとがいる。
そのpulpが最近復活したのだけど、その理由にバンドのベーシストが亡くなった事を挙げていた。
一生はそう長くない、というわけだ。
自分にとってはオアシス復活よりPulpだ

あと、Disco 2000という曲があって、それはデボラという実在の女性を主人公にしている。

ジャーヴィスコッカーの幼馴染のこの女性は51歳で亡くなっていた(調べたら10年以上前のことだ)ジャーヴィスコッカーはこの女性の50歳の誕生日にDisco2000を演奏している。
今みたら、今年のライブでは少しジャービスの表情が深刻だ。この曲はどちらかというと自虐ぽくておもしろい曲なのに。
ああ、歳月、というわけだ。こちらはMV。

「塔-TOWER」に対する批評お礼

歌集に対する丁寧、心を尽くした批評を書いていただいた皆様ありがとうございます。

歌集の名前について。塔-TOWERという名前を考えたとき、塔という結社名があると当然思いはしました。しかし、気をまわしたくないと考えてそのまま使いました。気をまわしすぎるのも不自由です。結社がテーマではありませんけど、何にせよ、そのような気をまわす空気感みたいのは念頭にあります。村社会的なやつです。

自分は短歌結社歴がながいのでそのあたりの空気感が良く分かるつもりでいるのです。

あとがきについて。あとがきは一回かいています。余計な意味がついてしまい歌集にとってこれはよくないと思い、結局削除しました。版元の方お手数をおかけしました。

ブライアン・ウィルソンが亡くなった

6月11日、ブライアンウィルソンが亡くなった。
自分にとってのアイドルであり、特に若いころ、いや若くない今にいたるまで心の支えであった。
わたしだけではなく、本当に多くの人が彼の音楽を支えに生き延びてきた。

彼が曲を書き、プロデュースをしたペットサウンズは自分にとって何にもかえがたいものだ。
これしか聴かない(聴けない)ような時期もあったし、多くの人の命綱だったのではないか。

久しぶり(10日くらいぶり)に聞いてみると、ブライアンウィルソンはこのころから死の側から、どこか世界の外側から世の中を見ていたのかも知れないなんて思った。
ペットサウンズを聴きながら人生の様々なステージでくりかえし泣いたが、最近はさすがに泣かない。
幸いにして何かが鈍くなったのかも。

それより最近は Love And Mercyの歌詞にしびれる。

こういう時代だからこそかもしれない。
ごくろう様でした。

歌集をだしました

あたらしい歌集をだしました。「塔-TOWER」という題です。

前とどいたのに届いてないな、という人は住所不明なので故意ではありませんのであしからず。

こちらでかえます。→塔 TOWER

岡井さんがなくなって迷いの中で作った歌をまとめました。

跡形(美志23号)

透明なペットボトルは半透明のふくろに朝のひかりを張って

 

淡々とあかるい昼に選ばれて生まれたうぶ毛ひからせながら

 

つくづくと無縁な街のあかるさにまみれて淡いかげを映した

 

風圧をきめこまやかに感じとる花ばな色を推しあっている

 

風圧は花弁すべてをうらがえしすべてひかりに変えてしまった

 

一束のひかりになってぬばたまのコーラの黒にしんと吸われる

 

一束のひかりだったらいないかのような自然な息をしてる

 

跡形は埋まって在ったか無かったか無かったいびつに無かった世界

 

居座りの椅子を調整する音は聞えていないみじろぎながら

 

居座りの椅子を調整する音に気づいていると目くばせをした

 

半透明のふくろのなかに張るひかり。取り去られるまで道におかれて

 

半透明のふくろの中の白いもの道に漏れだす時はくるのか

 

きららかにうぶ毛光らす息づいたこの世の場所の取り分はそれ

 

とりどりのサムネの太い文字列のゆり動かして僕のけばだち

 

戦いは始まっていた 気のついた者たちはもうこぶしをにぎる

 

いつだって逃げて良かったシンジくん退路を断って戦場にする

 

想像の範囲まるごと燃えていて熱風はくる隣席にまで

 

戦場をひらけば人のようなもの集まってくる少し笑って

 

集団に属していないものたちをあなどるように挨拶をする

 

大勢がひしめきながら後方をふさいでいると信じられたよ

 

低酸素いき苦しくて気持ちいいその憎しみにぶら下がるとき

文学の方法

文学には方法があるが、それが成功していると証明することは困難。
その方法が、成功したか否かは誰が判断するのか。
その方法が実行されたことを誰が証明するのか。
およそ方法とは思い違い。
成功しているとされる場合も。
ひとの内面はそう簡単ではないのだから、方法を実行しているという想いだけが本当で尊い。
それが行われているかは永遠に謎。

方法なしでいたことはない。方法が行われているという想いが自分の文学を支えてきた。

 

 

 

 

シューゲーザー

大好きなシューゲーザーバンド、Rideの新しいアルバムがでて、けっこういい。

しかしこの人達は求道者だなと思う。信頼できる。この曲の音はニューオーダーぽい。
メンバーの1人は一時期、オアシスにもいたが、オアシスよりこっちが好み。
去年日本でライブやってたけど行けなかった。また来てほしい。

シューゲーザーといえばシューゲーザーアイドル、Rayもよくきく。

Rideもそうだけどシューゲーザーて少年とか少女ぽい声が良くはまる。
アイドルといえば、ILLITも。

こういう雰囲気は以前の日本が得意だったんじゃないかな。
今日はオッペンハイマーのレイトショーをみてきた。今月はエルヴィスコステロのライブもいく予定ですこしは文化的だ。

 

社会を題材にした歌2

社会を題材に短歌をつくるのは年々難しくなっていると思う。
特に時事的な問題はそうで、ほんとうにむずかしい。
作品のなかで怒りを、読み手に届くかたちで入れ込むのがむずかしい。

ビートルズのNow And ThenのMVをみた。
もう何回もきいている。MVも基本的に出来がいいと思う。
MVのニコニコしているジョンレノンは魅力的だが、そういうジョンレノンが受け入れられる時代なんだろうなとも思う。
始終ニコニコしていてかわいい。まあかわいいからいいか。

そういえば、対象を批判するのに、わざわざ一度、対象をほめてから、批判するというのがあって、最近は特に多い。
その方が受け手の機嫌がとれるからで、理にかなっている。
しかし、いくら目的のためとはいえ、ほめるなどもってのほかという怒りもある。

大災害の日という一連をつくったことがあったの思い出して、最近はこの方法からヒントに社会を題材にした歌をつくっている。

大災害の日

建物がゆっくり倒れてゆくまひるきれいな風が眠りを誘う

システムの飛ばした白いセスナ機が僕の頭上をばくぜんとゆく

海ぎわの発電施設が放射する無色の毒が身体を洗う

破損した腿の中から血の液があふれ出ているまだ生きていた

歩くたび液が出るから階段を汚してしまう傷ついた人

水くんで水くんで人にかけているまだ生きているかも知れなくて

しんでいるひとらの上でみぎ→ひだり防犯カメラの確かな軌跡

標識の矢印のさす方角が僕の歴史のゆきつくところ

老人は影をなくしてしにましたペデストリアンデッキの上で

昼ごろは晴れていました夕方は晴れていました大災害の日

太陽はくりかえし来て表面を一定量の光で満たす

あくる朝影のきわだつ瓦礫から石を拾ってポケットに入れる

2000年ごろの作品だと思う。歌集には師から賛成されなかったので入れなかった。