美志

同人誌の美志が刷り上がってきた。

このために短歌の連作を作ったが心によくなかった。

表現との関わり方は皮肉でもなんでなく、もう少し健やかでありたい。

夏めいてきた

雑誌にのった自身の連作を読んで落胆させられなかったので気分がいい。
雑誌は作品をつくって数か月後だから、その頃には自身の情熱が客観視できるようになっていて、たいていは作品が色あせてみえる。
他の方の作品よりもまずは自身の作品をやはり気にしてしまう(他の方に申し訳ないけど)。色あせていないかが不安で、やっぱりと思うことが多い。

夏めいてきた。夏に聴く頻度が増えるのはビーチボーイズだ。

Good Vibrationsを聴いた時の衝撃は忘れられない。極限まではりつめた純粋性というのか。そんなものを感じた。
ビーチボーイズの曲のほとんどはリーダーのブライアンウィルソンの作。
この曲も例外ではない。当時ライバルであったビートルズと異なるのは、彼が曲のプロデュースまで行っていた点だ。
ビートルズにはジョージマーティンがいたが、ブライアンは曲のライティングだけでなくアレンジメントまで全て一人で行う必要があった。ビートルズと異なるのはそこで、どこでどんな楽器を鳴らすとかすべての音をブライアンウィルソンがハンドリングしている。更にビートルズには複数のソングライターがいる。結果、彼は英国からきたビートルズにひとりで対抗するプレッシャーからSMiLEというアルバムの制作途中で精神に不調をきたしてまう。その後、ブライアンはメンタルを長くやられて音楽業界からリタイア状態になる。
Good VibrationsはそのSMiLEに収められるはずだった曲で全米ナンバーワンを獲得。
アルバムSMiLEは結果として完成されずに投げ出され、世界一有名な未発表アルバムになった。

Good Vibrationsはブライアンの心の病のはじまりであり、その後長いリタイア、セミリタイア時代を経て、1988年に突如、ソロアーティストとして復活をとげる。

このLove And Mercyも自分にとってはとても大切な曲だ。痛ましいまでの透明感。
そのブライアンも先日80歳になった。

Van dyke Parks

Van dyke Parksは私の好きなThe Beach BoysのSMiLEの共作者。
ソング・サイクルという名盤があってよく聴いてきた。軽い気持ちで紹介しようと思ったが、Wikiが今はあるからそうそう適当な事は書けない。

ソング・サイクル(Song Cycle)は、ヴァン・ダイク・パークスが1968年にリリースしたアルバムである。込められた壮大な野心、つぎ込まれた法外な予算、そして全くふるわなかった売り上げで有名である。

ソング・サイクル(Wikipedia)

 

しかし、Wikipediaはいつになく辛辣。海外のものを直訳したのだろうか。名盤として名高いはずだ。

古いミュージカル映画の音楽みたいな感じだけど、カッチリした音作りではなく、微妙に音がゆるめられている。まどろむ感じというのか。夢見心地な感じでインスピレーションを沢山くれる。寝る時に聴くとよく眠れる。最初はなんて変な声だと思ったのを覚えている。何かすべてにおいてへろへろなところがよい。
ビートルズのサージェントペパーが1967年。当時から見た「古き良き」時代のミュージカル映画のイメージでつくられている。

この人の「jump!」というアルバムもいい。

ビーチボーイズと同じ成分でてきていると思う。

しごとの時、普段よくきく曲

仕事中よくきく、テーマ曲のようなのが10ccのThe Wall Street Shuffle。

アートロックというのだろうか。(Wikipediaではソフトロックくくりだった)。ひねた歌詞、ひねた曲調が特徴でポップのフォーマットを逸脱し続けるのが特徴だ。逸脱というより、コラージュという方が正確かも。ポップなのに曲の展開が意外でどこに着地するのか分からない。
ビートルズやビーチボーイズをミキサーにかけてごちゃ混ぜにした感じ。
リアルタイムではないが中学生のころラジオできいて好きになった。地元に輸入CDショップがあってわざわざ取り寄せたのを覚えている。
歌詞は「文学的」で批評があり、たぶん文学を意識したはじめがこの曲だと思う。拝金主義へのアイロニーだが、中学生にもアイロニーだと分かった。

10ccはどちかというとロマンティックな I’m Not In Loveが有名

だがアルバム単位できいていくと、ロマンティックな曲は少なく、皮肉ぽいものが多い。 I’m Not In Loveは「恋なんてしてないよ!」的なひね方をしているが結局はとんでもなく甘やかだ。多重録音の霧のようなコーラスが印象的。

Rubber Bullets。I’m Not In Loveもいいがこういう曲の方が好み。

短歌はあいかわらず具体をきらう気持ちに抗えない。川といったら川で〇〇川では嫌だし、しかし〇〇川でなくては伝わらない場合も多い。

具体が詠めない

短歌の作法として具体を入れるように教わった。具体的に、詠みたいけしきが伝わるように。
ここ数年それを排除したい気持ちが強くて難儀している。具体がないとどの歌も似てくるし、何より読み手に伝わりにくい。
そんな事は分かっているのだが、厭う気持ちがつよすぎて排除の方に気持ちがむく。

例えばひとくちに雲といっても様々な種類があるけど雲としか表現したくない。綿雲ですら嫌で、いわし雲というのはもってのほか。これでは伝わらない。

日常のモード

日常のモードで文学と関われてこなかったのは間違っていたと思う。
文学に関わるのはいちいちキツイ。ある程度自分をおいこまなくてはならず、それが日常を損なう。

例えば仕事の能率が下がるとか。仕事のことを考える時間が減るとか。ギャンブルにいきたがるとか。睡眠時間がへるとか。それと太る。

日常を表現するのが嫌いというのではなくできてこなかった。そのような文学との関わり方ができてこなかった。何度も試してみたけどうまくいった事がない。いつかできたらいいと思う。間違ってきた。一般論として日々の暮らしを表現することの方が難しい。

普段、あさましくお金のことばかり考えているから、文学に入るときは特別な儀式が必要になる。
ビーチボーイズ、マイブラのラヴレスを大音量できいてお金が入って来るのをふせぐ。

いかにも幽玄なこの曲は滑稽だろうか。そんなことはない。ブライアンの声は切実だ。

こんな風景は現実にはない。あっても瞬時に終わる。あらかじめ損なわれている。この曲にはときどき泣かされる。

そうこうしているうちに、たいてい言葉をいとう気持ちが強くなる。あらゆる書き物が我慢できない。自分の(新しい)これから来るはずのよい言葉以外は。

それから書きかけのアイディア集的なファイルをひらく。ファイルをひらくのはいつでも恐怖だ。
1日前ならいいが、数日以上経過すると落胆させられるのではないかと恐怖心にかられる。

やり直しは嫌だ。しかもどこからやり直せばいいのか分からないのは怖い。表現をはじめた頃からやり直さなければならない事に気づいたら無理だ。

たいていは、寝かしてあったファイルをひらいても落胆はしない。予想より良いと思うときもあるし、何も感じないときもある。何も感じないときは焦る。最初からやらなくてはならないと思う。

新しいアプリケーション

使ったことがないアプリケーションをいじっている。
使い慣れていないアプリに没頭、苦闘していると悪夢のなかにいるようだ。
SUPERCARは引き続きよく聴く。
なぜリアルタイムで避けてしまったのか悔やまれる。
同じようにリアルタイムで避けたことで悔やむのはエウレカセブン

SUPERCAR

SUPERCARを最近きいている。
テクノがあんまり好きではないのとどこかスカした印象(思い込み)があったのでリアルタイムではスルーしてしまった。
SUPERCARよりもどこかダサさがあるくるりを選んでいた。
SUPERCARのLuckyという曲は「わたし!」という語からはじまって驚く。初期のシューゲイザー的な音のころが好み。

「わたし!」に自意識のひりついた痛みを感じる。男性ボーカルで「ぼくは!」ならどうだったかなどと考えてしまう。

とがった音像なのに歌詞が甘いのがいい。

最愛

自宅で過ごす時間が多少ふえて普段みないドラマを見たりしている。
去年TBS放送した「最愛」というドラマが良すぎた。最初はよくあるサスペンスものという感じで気楽に見ていたのだが。
脚本は奥寺佐渡子という岩手県出身の方。
才能ある方々が集まってひとつの作品を作るという行為そのものに感動する。

生々しくお金

日々忙しく更新する機会を逸していた。物理的にというより精神的に忙しい。
自分の仕事はとても生々しくお金と結びついているため心がすさみがちだ。
NHKのクラシックTVで「ビーチ・ボーイズのティーンエイジ・シンフォニー」という特集をやっていた。ふいにGod Only Knowsがかかって泣きそうになった。

自分の感情が生きていたことにほっとした。新型コロナが蔓延している。