日常のモード

日常のモードで文学と関われてこなかったのは間違っていたと思う。
文学に関わるのはいちいちキツイ。ある程度自分をおいこまなくてはならず、それが日常を損なう。

例えば仕事の能率が下がるとか。仕事のことを考える時間が減るとか。ギャンブルにいきたがるとか。睡眠時間がへるとか。それと太る。

日常を表現するのが嫌いというのではなくできてこなかった。そのような文学との関わり方ができてこなかった。何度も試してみたけどうまくいった事がない。いつかできたらいいと思う。間違ってきた。一般論として日々の暮らしを表現することの方が難しい。

普段、あさましくお金のことばかり考えているから、文学に入るときは特別な儀式が必要になる。
ビーチボーイズ、マイブラのラヴレスを大音量できいてお金が入って来るのをふせぐ。

いかにも幽玄なこの曲は滑稽だろうか。そんなことはない。ブライアンの声は切実だ。

こんな風景は現実にはない。あっても瞬時に終わる。あらかじめ損なわれている。この曲にはときどき泣かされる。

そうこうしているうちに、たいてい言葉をいとう気持ちが強くなる。あらゆる書き物が我慢できない。自分の(新しい)これから来るはずのよい言葉以外は。

それから書きかけのアイディア集的なファイルをひらく。ファイルをひらくのはいつでも恐怖だ。
1日前ならいいが、数日以上経過すると落胆させられるのではないかと恐怖心にかられる。

やり直しは嫌だ。しかもどこからやり直せばいいのか分からないのは怖い。表現をはじめた頃からやり直さなければならない事に気づいたら無理だ。

たいていは、寝かしてあったファイルをひらいても落胆はしない。予想より良いと思うときもあるし、何も感じないときもある。何も感じないときは焦る。最初からやらなくてはならないと思う。