高村典子『雲の輪郭』

子離れの時期も終はりぬ共にゐて傷まぬだけの妥協覚えて

もう何も言はなくていい水桶の蜆はわづか隙間持ちあふ

ひそやかな最初の雨のひと粒はどこに降りしや 噴水みつる

持ち帰る怖さに伯母を納骨すわが建てし墓石の伯父の片へに

襁褓替へる手の冷たさに泣きし子よわが手が汝の世界のはじめ

高村典子『雲の輪郭』より

 

 

子育ての歌というと世界との合一感に満ちたものが多いが、掲出一首目はその別の側面を鮮やかに描写している。この歌に限らず、当歌集は、世界の暴力的な健やかさによってかき消されてしまう微かなノイズに満ちている。最後に挙げた歌も子育ての歌だが、子供との一体感と共に世界への批評がある。子供が初めて出会った母である「わが手」は、冷たいのである。   (嵯峨直樹)

2014.11 未来 「今月の歌」

井辻朱美『クラウド』

赤ん坊のえくぼのようにくぼむ水は無限バイトのメモリーを持つ

ゆく風の魔法陣に立ちて呼ばわればしずかに繰り上がる宇宙のかけ算

いくらでも穂わたはとばしてあげるからあなたは風にまもられていなさい

非現実とこの世を接合したような薄さでかなたに立ちのぼる富士

きらきらとまぶされている生命のような世迷い言のような夏

辻井朱美『クラウド』より

 

 

第六歌集。ファンタジー小説的な「設定」を元に異世界を構築してゆくのではなく、現世の約束事、すなわち「設定」をほぐしてゆく。そこに現れたのは、混沌とした力に溢れる現世だ。あとがきとして、「『詩』の火力」という熱量の高い一文が添えられており必読。言葉の連ね方も、より自由度を増し風通しがよくなった。                     (嵯峨直樹)

2014.10 未来 「今月の歌」

梶原さい子『リアス/椿』

はぐれてもどこかで会へる 人混みに結び合ふ指いつかゆるめて

腑を裂けば卵あふれたりあふれきてもうとどまらぬいのちの潮(うしお)

それでも朝は来ることをやめぬ 泥の乾(ひ)るひとつひとつの入り江の奥に

原発に子らを就職させ来たる教師達のペンだこを思(も)ふ

目にかかる髪を幾度も払ひをり海から海へ吹いてゆく風

梶原さい子『リアス/椿』より

 

 

気仙沼出身の作者の第三歌集。歌集は二つの章に分断され、東日本大震災前の歌を「以前」、震災後の歌を「以後」としている。掲出二首目までが「以前」、三首目からが「以後」。詠われている素材はもちろんだが歌柄が大きく三陸沿岸の風土を思わせる。五首目は、湿った冷たい海風に髪を晒し、その風土そのものになろうとしているようでもある。           (嵯峨直樹)

2014.9 未来 「今月の歌」

 

松村正直『午前3時を過ぎて』

立場上引き止めているだけなるを鴉は屋根に二度三度鳴く

ひっそりと長く湯浴みをしていたり同窓会より戻りて妻は

出勤の前のひととき仰向けの二十一本の子の歯をみがく

打ち明けるような口調で語りゆくことばが本音であるのかどうか

話しながら少し話を巻き戻すどこから不機嫌だったか君は

松村正直    『午前3時を過ぎて』より

 

 

三十五歳から四十歳までの歌を収める第三歌集。第一歌集の頃の軽やかな口語は息を潜め、文語口語問わず言葉に複雑な陰影がある。掲出一首目に代表されるように人との係わりで生じる心理の綾をクリアに掬いとる。関係性のコアの部分を純化して描くのではなく、歳を重ねるにつれて複雑化する関係性を省略なく描ける巧みさ、したたかさが魅力的だ。       (嵯峨直樹)

2014.8 未来 「今月の歌」

大崎瀬都『メロンパン』

感応式信号機に認知させるため軽自動車をせり出してみる

一生に二度ない今日の夕暮れをわれは寄席にてまどろみてをり

スカートのなかで左右の内ももが触れあつてゐる雨の七夕

さよならの挨拶のあとほほゑみの瞬時に消える彼女はいつも

われにまだ父母ありて川花火を見てをり団扇の風を受けつつ

大崎瀬都    『メロンパン』より

 

第三歌集。描写のゆきとどいた作風が特徴。一首目、三首目のようにきめ細やかさのレベルはほとんど瑣事といっても良いくらいである。これら日常の瑣事が作者の手にかかると奇妙に強力な輝きを放つ。その理由は、掲出二首目の「一生に二度ない」という一語に集約されるだろう。生と死へのクリアな認識が著者の作品の底流には常にあり、切ない。         (嵯峨直樹)

2014.7 未来 「今月の歌」

富田睦子『さやの響き』

おそらくは頭蓋のかたさ右腹のしこりに触れれば金の陽のさす

心臓を吸いだすごとく乳を飲むみどり子はつか朱(あけ)に染まりて

永遠に笑顔であらねば後ろ指さされる気がする子を抱き歩けば

プレと呼ぶ二歳児クラスに集う子ら紙吹雪めく両手を掲げて

分かち合うキャラメル身ぬちにほどけゆくママ友というかりそめの友

富田睦子    『さやの響き』より

 

濃密な母子の香りの満ちる第一歌集。あとがきに「私の生活を大きく占めていたのは妊娠・出産・育児でした」とある通り、母としての歌が大部分を占める。一首目のように「右腹のしこり」であった幼子は、作者の肉体から別れ、じわりじわりと社会的な存在感を増してゆく。五首目は「ママ友」という微妙な関係性を肉を伴った言葉で批評している。           (嵯峨直樹)

2014.6 未来 「今月の歌」

高橋みずほ『坂となる道』  

カップの内の泡つぶを数えはじめる子のひかり

ぐいとひとがひけばあるきだす繰り返しつつ夕暮れて 犬

いつよりか声うしなわれてひと日ひと日と口奥の砂嵐

銀杏の実の匂い立つ砂利の道もうだれもしらない

雨の 音 雨の 音 めざめてくらく明け方の粒の重さは

高橋みずほ    『坂となる道』より

 

第六歌集。言葉のきらめきを瞬間冷凍させたような作品が並ぶ。言葉の接続の仕方はどれも順当なものではない。例えば一首目の結句、「子のひかり」は数を覚えはじめた子供の命の、いっときの輝きを的確に捉える。やや強引な言葉の接続は短歌的なフォルムを意図的に逸脱しており、世界とのより直接的な、より生な関わり方を試みる。               (嵯峨直樹)

2014.5 未来 「今月の歌」

【お知らせ】第3歌集「みずからの火」について

2018年6月 わたしの第3歌集「みずからの火」を上梓しました。

みずからの火

【みずからの火・収録歌】

ひかる街のけしきに闇の総量が差し込んでいる 空に月球

しっとりと感情帯びて内がわへ腐りはじめる黄薔薇も家具も

濃霧ひとりオリジン弁当に入りきてなすの辛みそ炒め弁当と言う

生きのびて来た知恵と云い各々のたこ焼きの中とろとろの熱

地下道のコンクリートに罅深く或る情念のごとくに栄ゆ

⇒歌集「みずからの火」(amazon)

半地下

【半地下・収録歌】

しらじらと無瑕疵の月は照りており関係の根は底へ伸びいて

店頭に積まれたゼリー透きとおり桃の欠片(かけら)を宙に浮かべる

美しくカーブしている肋骨の内がわに建つ薄明の城

愛されている耳の裏見せながらしずかに水を飲んでいる人

族あがりの人と平行線のまま眺める古いプロパンガス屋

⇒歌集「半地下」(amazon)

神の翼

41d-P+U2GXL

【神の翼・収録歌】

熱心に君は何かを話してる 幼女のように髪しめらせて

海音にふたりの部屋は満たされてもういい何も話さなくても

ため息のしめり方まで似通って たとえばキスの終わったあとの

空想は止めようがない 夜の空昼の自転車朝のハチミツ

単純でいて単純でいてそばにいて単純でいてそばにいて

⇒歌集「神の翼」(amazon)

 

2014年9月

 

オロナミンCの茶色いガラス瓶初夏の車中に光を散らす

肌の上に浮き出る汗のきらめきにラメ混じらせて初夏のひと

不安定なかたちの背中しろく浮く闇にたやすく交じる雨音

おごそかに糸引く別れあった駅あっさり通過する夏が来て

 

 

 

2014年8月

 

しめやかな会話の後に殖えている菌の類いはこの時季の華

探りさぐり事に及べば初夏のシンクに白い水垢ひかる

唐突に義理欠いてるって思いつき焦燥しつつ席に揺れおり

頼りない子供をつれて両親の頼りなく無いさまの連休

<あたしから出てきたもんを前後ろチャリに載っけてマルエツに着く>

子供っぽい男の上にさもあらぬ女の上に降りだした雨

串だんご冷蔵庫より出してきてひとつを食めばまだ二つあり