松村正直『午前3時を過ぎて』

立場上引き止めているだけなるを鴉は屋根に二度三度鳴く

ひっそりと長く湯浴みをしていたり同窓会より戻りて妻は

出勤の前のひととき仰向けの二十一本の子の歯をみがく

打ち明けるような口調で語りゆくことばが本音であるのかどうか

話しながら少し話を巻き戻すどこから不機嫌だったか君は

松村正直    『午前3時を過ぎて』より

 

 

三十五歳から四十歳までの歌を収める第三歌集。第一歌集の頃の軽やかな口語は息を潜め、文語口語問わず言葉に複雑な陰影がある。掲出一首目に代表されるように人との係わりで生じる心理の綾をクリアに掬いとる。関係性のコアの部分を純化して描くのではなく、歳を重ねるにつれて複雑化する関係性を省略なく描ける巧みさ、したたかさが魅力的だ。       (嵯峨直樹)

2014.8 未来 「今月の歌」